top of page

終戦記念日に(敗戦記念日じゃないのと思いつつ)

夏浅く 焼夷弾祖父に 直撃す


私の祖父は昭和のグラフィックデザイナー(広告図案家)でしたが、終戦近いころは予備役の将校でもありました。昭和20年には硫黄島への招集が決まったものの、すでに日本に兵隊を送る船はなく、国内で待機していたそうです。その5月29日、横浜大空襲にあい、住んでいた羽衣町の家から当時15歳だった私の父とともに掃部山に逃げたところ、焼夷弾を束ねていたバンドのバックルが頭部を直撃して即死したと聞きました。自分の親が、脳漿をこぼして息絶えた姿を、すぐ隣で見ていた私の父の衝撃はいかばかりか。人の「死」がいまよりも身近なものであったとしても、その後の人生に与えた影響は想像を超えるものに違いないでしょう。そんな悲劇があっても、それでも人は生きる。父もすでに故人ですが、戦争の時代を超えてきた人たちの強さを感じずにいられません。



閲覧数:8回0件のコメント

最新記事

すべて表示

完成しましたValue Report

長丁場でしたが、2023年版のValue Reportが完成し、刷り上がりをいただいてきました 私は社長メッセージなどのライティングを承りました 未来指向、幸せ指向の戸建て住宅が魅力で、もしもう一度家を建てるならこちらにお願いしたいと思いました 制作会社の担当者の方によると、相当赤字が入るものと覚悟されていたそうですが ふたを開けてみると拍子抜けするほど修正が少なかったとのことで、 私が自称してい

PCを整理していたら

ボツになったけどそのまま捨てるのはもったいないな~と思う原稿があったので掲載します。内容は、某大学の入学案内のコンペで提案したもの。取材した体で書いていますが、 以下、フィクションです。 ↓ 大学で学ぶ意味の大きさを知った。きっかけは教授の言葉だった。 入学したばかりのころは、大学の講義に当惑していた。 というのも、講義では学問の基礎的な概念や「いまどんな説が有力か」を学ぶことが主で、先生は「これ

最近読んだ本

「しんがり」しんがりとは撤退戦の最後尾の隊のことですね。この小説は、山一證券の最期の始末として調査報告書を記した12人の実話をもとにしたお話し。1997年11月、四大証券の一角だった山一證券が自主廃業。ほとんどの社員が別の金融会社に再就職していく中、最後まで会社に残って真相究明と清算業務を続けた"しんがり"社員の奮闘。そのつけを負わされたこともしらず、社長就任を喜ぶ野澤氏の描写が切ない。しんがりた

Comments


bottom of page